わくわく感を判断基準にするという決断①

11月に開校して早4ヶ月が過ぎました。

今年に入って、三が日は休み、1月4日から今日まで、塾を閉めた日は1月25日に他界した父の通夜と葬式の日のみ。
3月12日に四十九日法要があり、また閉めますが、3月も末までその日以外休みなし。
全ての日祝にはロボットとプログラミングの体験会を設定しました。

3月、4月は春講習がありますが、リクエストがあったので、毎日朝の10時から開けることにしました。

ちょ、、、
イカれてるのですか?

プレミアムフライデーとかいう言葉が出てきたりしていますが、むしろ私にはプレミアムどころかノーマルなサタデー、サンデーもない。
けど、まったく苦にならないというか、むしろ自らそうしているみたいな感じで。

なぜそうなったのか、、、
その事を書きたいと思います。

思えば、この塾を始めるにあたって、ほとんどの事を即断でしかも当然独断で決めて行動してきました。

迷うということなく、一直線でここまで来ましたし、この先もそうなると思います。
私が休みをゆっくり取る時は、他に任せる人もでき、2校目を出すといった状況になった時だと決めています。

正直私にも行きたい場所がたくさんありますし、他にしてみたいこともありますので、休みをゆっくり取るのは死ぬとき!とまで極端な考え方ではありません、念のため(笑)

なぜ?
理由は一つです。

私がどういう判断基準で来たかです。
それが、「わくわくするかどうか」。

私は会社組織から離れて独立をするという考えにかなり傾いたとき、とてつもなく勉強しました。
ただ、独立ということに対する勇気というものはそうそう簡単に湧いてくるものではありません。

昔から色々資格、宅建とか簿記とか取ってますので、そういう意味での勉強はしてはいました。
結局受かりませんでしたので無駄になったのかも知れませんが、社労士とか行政書士とかの勉強もしました。
いわゆる独立志向というのはあったのかも知れませんが、実際そこまで打ち込めなかったのは事実です。
資格というものにこだわり過ぎて、頭が硬くなっていたかも知れません。
っていうか、簿記はともかく、宅建も受かってても今となっては無駄ですよね、まぁテナント探すときくらいは少しは役にたつかもていど(笑)

けど、そんなのとは桁が違うくらい、まさに寝ずに夢中になることができる勉強を見つけたんです。
それがマーケティングでした。

マーケティングの勉強(神田昌典さんの本から始まってどんどんリンクしていく感じで本を読みあさる)をして感じたのは、「これ、わくわくする」

「俺、商売したい、なんか楽しみで仕方ない!」
で、決断しました。

「どの業種にしよう、、、」
そうです、業種決めずに、商売したいの方が先にたったんです。
なぜなら、「わくわくしたから」。

私は前職で事務でした。総務、経理、法務となんでも屋さん。
時々船まで操船するみたいな、、、
まぁ、今もなんでもかんでもですが、、、

争いごとも多かったです。
ビルとか駐車場とか船とかたくさんある会社だったので、
未収金の回収みたいなこともやってました。
弁護士さんとのやり取りもとてつもなくやりました。

そこで繰り広げられる世界は「どっちが正しいか?」。
そういう判断基準の中で物事が進んでいく。
でも、正しい正しくないというのは、立場を変えればまったく逆になってしまうこともある。
部分的には正しいけど、、、とかもある。
これが正論だ!とぶつけあったら、確実に争いはもっとひどくなっていく、、、
正論なんて相手を潰すためだけにあるものです。

そして、最終的に白黒つけることができない以上、力の強い方が勝つといった方向に向かっていってしまう、、、
結局力と力の争いになって、もう残るのは戦争だけです。

そんな中で苦しみまくってズタズタになってました、正直、私は。

マーケティングという薬を見付けてわくわく感がたまらなくなりました。
自分の脳みそをフル回転させて、色々試してダメでもまた手を変え品を変えやっていく。
正解がない世界。
実際撃沈しちゃうかもしれない。
でも大成功するかもしれない。

なぜか私には根拠のない自信があったんです。
それが「わくわくした」という事だったんです。

つづく、、、