はじめに
「国語の問題って、どうやって解いたらいいかわからん」
そういう子がたくさんいます。
そういう子たちのテスト問題用紙を見ると、まっさら。
線も、メモも、しるしもなし。
まるで、誰も手をつけていないような「未開の地」です。
でも、国語の問題は「読むだけ」では解けません。
答えにたどり着くまでの道のりを、目に見える形にしていくことが大事なんです。
線を引いたり、大事な言葉に〇をつけたり。
それは「答えを見つけるための目印」です。
なんでその答えになったん?って聞いても答えられない、なんとなく、それはつまり適当に答えているということで、国語の問題ができないのも当然なんです。
では国語の問題ってそもそも何かという所から始めましょう。
(※この文章は教室内で、中学受験を考えている小学5,6年生くらいにも理解できるという想定で書いていますので、是非共有していただけたらと思います)
1.国語の問題は、だれが作ってる?
まず知ってほしいのは、
国語のテストは、文章を書いた人が作っているわけではないということです。
小説「トロッコ」の文章を題材にしてその作者の芥川龍之介が問題を出しているわけではないということはわかりますよね。(そんな問題あれば是非解いてみたいものですが)
「この文章、テストにちょうどいいな」と思った学校の先生や、問題を作る専門の人が作っているんです。
だから国語のテストは、
筆者の気持ちを当てるテストではなく、問題を作った人の「読み方」を当てるテストなんです。
2.国語の問題の答えにはすべて「理由」がある
「国語は読む人によって考えがちがうから、答えを出すなんて無理がある」
そう思う子もいます。
普通の読書であればそうでしょう。
でも、テストに出す以上、答えは一つです。
一つの答えを問題作成者が決めているんです。
だれが読んでも「たしかにそう書いてある」と言えるように、
必ずそれを答えに出来る根拠が本文の中にあるんです。
「それってあなたの感想ですよね」という人が一人も絶対に出ないように作られているのです。
だから、問題を作った人は、誰からもそう突っ込まれないように、それこそ本当に穴が開くほどその文章を読み込んで、どの部分に何が書かれていてどうつながるかを知り尽くしています。
解く人より作る人の方がはるかに大変です。
下手をすると、その文章の作者より多くの回数を読んでいるかも知れません。
つまり、国語の問題とは「問題を作った人」が設定した答えとそこにたどり着く「根拠」を見つけるゲームなんです。
国語の答えの理由や解き方に、なんとなくはありません。なんとなくで解ける人は無意識にここで書いているような事を「なんとなく」しているけど、それを言語化できないから「なんとなく」と言い、なんとなくで解けない人はここで書いているようなことをしていない人です。
だから、できる人が「なんとなく」で出来てるみたいだから自分も「なんとなく」で出来るだろうというのは大間違いなんです。
おなじ「なんとなく」でも中身が違うんです。
3.印をつける理由
国語の問題がむずかしいと感じる一番の理由は、
「根拠を探す練習をしていない」ことにあります。
テスト中は時間がありません。
ギリギリでようやく解けるように設定して作られています。
本文と設問を無限に行ったり来たりしたいですが、限界があります。
だからこそ、印をつけるんです。
印は「ここに何かありそう」という目印。
一度全体をさらっと読んだだけで答えがわかる天才なんて本当にわずかです。
だから何度も読まなければいけない、でも全体を何度も読むのは時間的にムリ。
あとで読み返すときに、そこを特に重点的に読みたい、そういう場所に印をつけるのです。
印は、自分の記憶のかわり。
「どこをもう一回読めばいいか」を忘れずに教えてくれる目印のようなものです。
4.先生もその場で解いている
塾の国語のプリントや、入試問題をやっていて、「先生、ここわかりません」と質問が来ます。
そのとき、先生はその場で実際に解いています。
答えを覚えているわけではありません。
本当にその場で初めて読むつもりで解いています。
小1から中3までの国語の文章や答えを全部覚えている人なんて、いません(笑)。
先生が速く見つけられるのは、
読む順番と印のつけ方を知っているからなんです。
だから、国語の問題を解く力をつける一番の方法は、質問して、先生が答えを探している方法をしっかり見て、まねをしてくれればいいだけなんです(笑)
真っ白な状態でわかりませんと連れられて来た可哀想な問題用紙の設問や本文に印や線をたくさん引いて、まずここ、違うな、じゃあここと順にたどり、時には戻ってやっぱりこっちか、などと言いながら答えをみつけて、ここらへんもう一回しっかり読んでみ?と言っている姿を皆さんは何度も見ているはずです。
あれは説明のために引いているのではなくて、実際に解くために引いているんです。
算数の質問でも同じなのですが、説明しながら、「図、書けー、途中式、書けー」っていつも言ってますけど、あれも質問があった時に説明するために書いているんじゃなくて、実際にその場で解いているから、解くために書いているんです。
みんな、それをちゃんと見て欲しい!
でも見てくれない、真似してくれない(笑)
学ぶというのはできる人の真似をするという事が王道中の王道ですが、頑なに真似をしない人が多いのが現状です。
大谷さんほどだったら真似るのは不可能ですけど、僕程度なら真似るのも簡単だと思うんですけどね(笑)
5.国語は「宝さがし」
ここからが本題です。
国語の問題は、「宝さがし」だと思ってください。
(1)設問=地図
設問をしっかり読まずに本文を読むのは、地図を見ずに森に入るようなものです。
設問には、「何を探すか」が書かれています。
そしてこれはさらに、入試問題で言えば、何が出来る人に来て欲しいかという、志望校からのメッセージなんです。問題を作っているのは、志望校でこれから何年かお世話になる国語の先生なんです。さらに言えば、その文章を選んだ事自体にもメッセージがあるのかも知れないわけです。大事さをわかってもらえましたか?
それをしっかり読んで、どんな宝を探しに行くのかを知るのが最初の一歩。
まずは設問の方で、キーワードをチェックして印をつける。
そして、そのキーワードが本文内で書かれている場所を探しに行き、本文の方にも印をつけて行く。
(2)印=目印の旗
本文を読んだら、
「ここに宝、つまり答えがありそうだな」と思う場所に印をつけます。
まずは旗を立てておく、みたいなものです。
設問でのキーワード近辺を探って行けば間違いないでしょう。
また、「なぜ?」の設問なら→「だから」「なぜなら」の近く。
「気持ちは?」の設問なら→「うれしい」「悲しい」とか。
印は、あとですぐに戻って来るための「目印」です。
国語の問題を解くときは、本当に何度も設問と本文を行き来します。
ここがポイントです。
本当に本当に本当に設問と本文は何度も何度も何度も何度も行き来するんです。
そうしないと国語の問題で答えなんて見つけられるはずがありません。
大事だからと繰り返しましたが、繰り返し過ぎですね(笑)
その時の道しるべになる目印なので、真っ白な問題文だと、必ず時間が余計にかかるのです。
本文のどこに何が書かれているかなんてことを一読して暗記することができる人なんて、多分いない。
一応、多分としておきます。
少なくとも僕の知る限りはいません。
(3)読む=掘る
印をつけたら、次は地図を参考にそのまわりを掘ってみる。
掘るというのは、その前後をよく、とにかくしっかり読むこと。
「本当にここに宝があるのか?」
それを確かめるのが、国語でいう「読む」という作業なんです。
そうしてようやく宝が見つかる。
(4)穴が開くほど読め
「穴が開くほど読んだら国語なんて簡単」と先生がいつも言うのは、
線を引きまくって筆圧で紙に穴を開けろって意味じゃありません(笑)
国語が簡単なんて言うと、苦手な人には暴言に聞こえるかも知れません。
でも、線を引き、矢印をつけ、
何度も読み返して掘る。
選択問題では、選択肢の方と本文を行き来して、実際に同じことが書かれているか、違う言葉で言い換えて同じことを書いていないか、違うことが書かれているか、あるいはそもそもそんなことが書かれていないか、時間の許す限り往復して確認していくんです。
そうやって紙の上に「小さな穴」が増えていくうちに、
本物の宝=答えが見えてきます。
国語の問題を解くときに、理解できるまで何度も読まなければいけない場所と、ほとんど読まなかったり、まったく読まない場所とか、読む重要度に濃さがあるんです。
(ただし物語文は話全体の流れが必要なので最初から最後まで必ず読んでください。登場人物のもともとの性格、必ず起こる何らかの事件、その前後で登場人物の心境にどのような変化が起こったか、そういう事を追いかける必要があるからです。)
だから、目印の近くが何度も読む場所、目印のない所は、余程でない限り(目印近くではみつからない難題のとき)ほぼ読みかえさない場所なんです。
それすらもわからない、どこに何が書いてあるかが理解できない、という場合もあるでしょう。
それは、問題を解く以前の話で、「語彙力」の問題です。
でも語彙力が足りない事は別に責められることではないです。
人間は歳を重ね経験を積み重ねて、わかる言葉も徐々に増やして行くものですから、まずは現実を知り、そしてその都度高めていく、それだけです。
そもそも何が書いてあるのかがほとんどわからないというのであれば、
問題文や設問にわからない言葉が必ずたくさんあるはずです。
語彙力不足だと、そもそもその問題を解くステージに立てていないのです。
普通の小学生が大学入試の問題を解くようなものです。
(もちろん語彙力が高校生並みにある小学生なら解くことができます。それが国語です)
まずは自分でこういう意味かもという想像をして、その後国語辞典で調べて答え合わせをしてください。
僕はいつも「国語力は辞書を引く回数に比例する」と言い続けていますが、そういう小さな積み重ねが語彙力、さらに国語力を育てて行きます。
ちなみにここまで書いて来たことは英語の長文問題でもまったく同じ事が言えます。
国語の問題を解ける人はほぼ確実に英語の長文問題も解けます。
「ほぼ」と書いている理由は国語と同じで、語彙力がなければそもそも読めないからです。
(5)宝さがしの流れまとめ
| ステップ | やること | たとえ |
| ① 設問を読む | 何を探すか知る | 地図を見る |
| ② 印をつける | 宝のありそうな場所に目印 | 旗を立てる |
| ③ 前後を読む | 本当にあるか確かめる | 掘ってみる |
| ④ 答えを書く | 宝を見つける | 宝箱を開ける |
おわりに
国語は「暗記の教科」じゃありません。もちろん漢字や慣用句、文法は暗記ですが、今は別の話なので置いておきます。
国語は「言葉を見つける作業をする」教科です。
言い換えなども多いので、語彙力の高さももちろん必要ではありますが、
国語が得意な人は、宝探しが上手い、というか慣れている。
そういう事です。
超簡単に言ってしまうと、国語の問題というのは「間違い探しの文字版」です。
2枚の絵があって、その違う所を見つけるという、あれの文字バージョンです。
設問と本文の合っているところと間違っているところを照らし合わせる作業なんです。
だから、時間が余裕たっぷりで本当に何度も読めば、だいたい見つかります。
ですが、試験では時間が限られている、だからできない。それだけなんです。
だから印をつけて時間短縮する必要があるんです。
宝=答えは、必ず本文の中にあります。
設問という地図を見て、
目印という旗を立てて、
何度も掘り返してみてください。
そうすれば、
必ず「国語は簡単」って言える日が来ます。
P.S.
ここに書いた「国語の文章問題の解き方」は、
文章を味わったり、新しい知識やものの見方を吸収したりするという、
読書本来の楽しみ方や意義とはまったく別のものです。
読書は心を育てますが、国語の問題は心を育てるためのものではありません。
文章を味わっている暇はないのです。
言ってしまえば、テクニックを磨く作業です。
求められているものが何かを判断し、聞かれている事に的確に答えるトレーニングです。
これは他の教科でも共通する点が多いですから、通常国語ができる子は他の教科もできる事が多いです。
もちろん、普段から本を楽しんで読んでいる人は、読む事そのものに対する力が鍛えられているので、その力で国語の問題を自然に解けることも多いでしょう。
国語の問題はテクニックですが、
その中で少しでも「おもしろい、気になる」と思ったことがあれば、
ぜひその本を探したり、似たようなものを実際に読んでみてください。
普通の読書では、線を引く必要も、穴を掘る必要もありません。
国語力アップのために読むのではなく、
ただ自由に楽しんで読み、心を豊かにしてほしいと願います。
読書=国語の成績アップという即効性はないですが、もちろん語彙力アップや思考力、また広い視野を持てるなどのプラス材料には大いになりますので読めば読むほどいいというのは間違いありません。
いつの間にか国語の本当の力がついていたというのが理想です。
ただし、それにはとてつもない時間がかかります。
受験などの期限があるわけですから、テクニックも磨いていきましょう。

